筑波大学オリエンテーリング部 筑波大学オリエンテーリング部
Policy
◆筑波大学体育会オリエンテーリング部 活動指針 
 筑波大学オリエンテーリング部は、部則の前文に次のことを定めています。 

我々は『Sports for all, All for Sports.』の精神にのっとってオリエンテーリングを行い、
会員相互の協力のもとに繋がりで価値を紡ぎ、創造的な活動を行っていく。

 また、同じく部則では目的として次の3つを掲げています。

1. オリエンテーリングの知識・技能・精神を習得して、
   更にはオリエンテーリングの研究・普及・発展を図る
2. 健康・体力の増進を図る
3. 部内外の人と広く親睦を図る

 これらは前身の「愛好会」時代から40年近くにわたって受け継がれているものです。
 スポーツには勝利至上主義としての「チャンピオンスポーツ」の側面と、みんなのスポーツとしての「一般体育」の側面があり、どちらも欠かせない視点として重視していますが、さらに「支える側のスポーツ」として大会や対抗戦の運営、地図調査にも取り組んでいます。実際に運営や地図調査に興味があり入部してきた者もいます。
 このように様々な側面からオリエンテーリングにアプローチすることで、更なる発展を目指しています。


桐の葉
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 筑波大学の校章「桐の葉」は、前身校の東京高等師範学校がら100年以上も受け継がれている、由緒正しい校章です。
 明治19年頃、筑波大学の前身校東京高等師範学校の帽子の徽章は十六弁の菊花紋様に「高師」の字を配したものでした。しかし大塚に移って、明治36年 7月に生徒制服が改正された時に、
「全形五三ノ桐葉形ヲ金色トシテ中央ニ高師ノ二字ヲ磨キトス」
 (全形竪一寸一分横一寸一分五厘)
というように「桐の葉」を用いることになりました。
 この経緯については「教育尊重の意味にして宮内省より特別に允可、ただし宮中の五七の葉を避けて、五三の桐とすることとした」と伝えられています。
 この「桐の葉」は昭和24年の東京教育大学学生バッジに受け継がれ、昭和49年、筑波大学開学の際に校章とし て制定されました。そして開学25周年を迎えた平成11年、複数あったデザインを統一し、現在の形となりました。


◆筑波大学宣揚歌「桐の葉」
 明治五年、茗渓(今の御茶ノ水)のほとりに東京師範学校として創立されて以来、東京高等師範学校、東京文理科大学、東京教育大学、そして筑波大学へと百三 十余年の歴史は決して平坦なものではなかった。
 特に大正八年の大学昇格運動の時には、当時の嘉納治五郎校長自ら、教授、学生らとともに先頭に立った。 その時にこの「桐の葉」の歌詞が、当時学生であった大和資雄氏によって作られた。昇格か廃校かの直後、 新聞紙に筆で「桐の葉は木に朽ちんゆり、、、」と二節を一気に書き上げ、昔の応援歌の曲譜にのせて唱和 し、全校に広がっていった。
 そして現在では四番まで存在する。東京教育大学から筑波大学に生まれ変わる時、東京教育大学最後の学長となった大山信郎教授によっ て三番が作られた。「(教育大のあった)東京大塚の地の歴史はここに終わるが、茗渓の歴史の流れは新天地 筑波で永遠に続いていってほしい」という願いを込めたこの三番、開学30周年を迎えた平成15年に北原保雄学長が作詞した四番を加え今も多くの学生、同窓生に歌い継がれている。
 桐の葉の伝統は新生・筑波大学にも受け継がれているのである。

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