2012年11月14日
【筑波大学新聞コラム】ロンドンパラリンピック(水泳) 山田拓朗(体育3)

whowho-moto2.jpg 「スタジアムに入った瞬間,鳥肌が立った.いよいよパラリンピックが始まるんだと感じた」.そう語るのは山田拓朗(体専3年)さん.8月のロンドンパラリンピック開会式で旗手の木村敬一選手(平成20年度附属視覚特別支援学校卒)のサポート役を務め,自身も50㍍自由形で4位に入賞した.

 


 サポート役を任されたのは大会前日.旗手の木村選手が同じ水泳競技であることから白羽の矢が立った.全盲の彼の背中に立ち,声で案内をしながら堂々の行進.大舞台にも関わらず緊張した様子を見せず,会場の雰囲気をむしろ楽しんでいた.日本選手団の「顔」を見事に務めた.

 

 山田選手は左腕を持たない.左先天性前腕亡失のために生まれつき左腕のひじから先が無く,泳ぐときは右腕を中心に身体全体を使う.「左手がある,という感覚を僕は知らない」と話す一方で,「自分が活躍することで障害者スポーツの発展や振興に貢献していきたい」と語る.自身の障害とも静かに向き合う,冷静で落ち着いた雰囲気が漂う選手だ.

 

 それでも試合前は緊張し,プレッシャーを感じることもあるという.しかしその緊張が彼の調子を引き上げる.「緊張すると身体が固まる感じ.何もせずとも熱くなって汗が湧いてくる.この感覚が気持ちいいし,緊張している方がいい記録が出る」と語る.13歳という当時最年少の若さでアテネパラリンピックに出場してから,今回で3度目.泳いでいる時は歓声も耳に入らない.目の前のレースへの集中力こそ,彼の真骨頂だ.

 

 水泳を始めたのは3歳の頃.水嫌いを心配した両親が,水に落ちた時に自分の命は守れるようにと,スイミングスクールに通わせたのがきっかけ.めきめきと頭角を現し,小学校入学前にクロール,背泳ぎ,平泳ぎ,バタフライの全てを泳げるようになった.

 

 パラリンピックを意識したのは,シドニーパラリンピックの競泳男子100m背泳ぎで金メダルを獲得した酒井善和選手にメダルを見せてもらったことがきっかけ.「いつか自分も」という気持ちが生まれた.2006年の世界選手権で銅メダルを獲得した時に,パラリンピックでのメダル獲得への思いは一層強くなった.

 

 本学に進学し,水泳部に入ったことで環境は大きく変わった.水泳部の活動は選手主体で,他選手の頑張りやアドバイスが何よりの刺激になる.「何か大きなことを成し遂げるためには変化が大切.新しい環境で何かにチャレンジするといい.新しい発見がそこにあるかもしれない」.他選手は全員健常者だが,周囲との差を感じたことは無いという.むしろ「障害を持った選手を見ていると,大きな可能性や,限界の無さを感じさせられる」と語る.来年の世界選手権,その先のリオパラリンピックに向け,今日も練習に励む.

 

 今回は惜しくもメダルを逃した.だが,パラリンピックでのメダル獲得という目標は続く.練習がつらくても思ったような結果が出なくても,メダル獲得への思いが彼を支える.「パラリンピックでメダルを取るという思いだけは,絶対に叶えたい」.静かに燃える闘志が,彼の胸には宿っている.

 

(筑波大学新聞)